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ごかなび

水塚(みずづか)

この地方は、江戸時代のころから水害に見舞われ、多くの被害を被ってきました。中でも長雨や台風などによって河川が決壊した時には、住んでいるところにまで水が押し寄せて来て大変でした。
 収穫した農作物や生活用具が水に浸ってしまい、困ってしまいます。そこで私たちの祖先は、家の敷地の一部を石や土などを使って高くし、その上に蔵を作りました。そして、水が出たときには家族がここで生活したり、大切な収穫物を守るために使われました。これが水塚と呼ばれるものです。
 農業用の機械が普及するまでは、ほとんどが家で農耕用に馬や牛を飼っていたので、水害の際には家畜も避難させる必要があり、水塚の脇には馬つなぎ石を設けていた家もありました。また、避難や物を運ぶ際に使うための小舟を軒下に吊るしておいた家もありました。


※利根川、荒川中・下流域では「水塚」、淀川下流では「段蔵」、信濃川下流では「水倉」、筑後川下流では「水屋」などと呼ばれています。

 

水塚
水塚の中の様子

 

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